プロフィール
窓際から身を乗り出した時に見えた空が余りにも澄んでいたものだから、ふと君のことを思い出して、手紙を認めようと思った。確かにそれが始まりではあったけれど、今思えば逃避に近いかもしれない。何から逃げたかったのかって、君ならわかるだろうけど。社会とか、関わりとか、友人とか、バイトとか、人生とか。用は全部だよ。その前にそうだ。驚くかもしれないけど、最近、家事を覚えたんだ。洗濯機だって碌に回さなかった、僕がだよ。人間ってのはゆっくりでも変わって行くんだろうね。
君の言った通りだったよ、ベヨネッタ。1日はあっけないほどに短いし、ただ生きるにも長い。このまま夏だって終わって往くんだと思うと、100年あってもレート1600になんてなれないんじゃないかという心地になる。実のところ、ずっと続けてたバイトも辞めた。去年の八月の初めに。
ベヨネッタ、きっと人生はどうにもならないことの方が多い。50の努力じゃ10の才能には敵わないし、どれだけ悔いても失敗から成功への不可逆性は変えられない。言葉は銃弾には叶わない。病気は奇跡じゃ治らない。
それでも、スマブラだけは違うと思ってたんだ。だってスマブラは芸術じゃないか。人の為になる面白い試合を作れ。よりよく評価を得られるものを!なんていう、鼻持ちならない拝金主義者供の言う限りじゃない。オスカー・ワイルドの言った通りなんだ。決してひび割れた鏡に映るものなんかじゃなかった。プレイヤーが試合をするんじゃないんだ。試合が「プレイヤーを模倣する」。
でも、最近よく思うんだよ。結局のところ生活が無かったら、試合をするこの身体が無かったら、何も物は生まれないんだ。どう足掻いても僕から生まれる試合は全て僕の心、生活、体験に由来していて、僕の試合はそのままレートに紐づいてしまう。本当の鏡であるかのように。
これじゃ、ただの日記なんだよ。ベヨネッタ。
僕の中では確かに試合である筈なのに、オスカーの否定したそれに近い。だからかな。
その矛盾がずっと苦しかった。スマブラが楽しくなくなったんだ。
ベヨネッタ、君はどう思うんだろうか。
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